「風邪は万病の元」といわれ多くの病気への始まりとされています。医師に取っては風邪は病気治療への入り口でもあり、また病気治療や病気研究へのゴールでもあります。入り口は広いものの実像を掴むのが難しいのが風邪です。風邪の病態に対しては更新をしていきます。
1 風邪の概略 | 2 風邪の病期と変化(更新中) |
3 風邪の病期と症状(更新中) | 4 風邪の一般治療(更新中) |
5 風邪の漢方治療(更新中) | 6 臨床実例(更新中) |
風邪の概略
風邪とは、ウイルスによる上気道感染症であり、主な影響は鼻に現れる。 喉、副鼻腔、喉頭も影響を受ける可能性がある。症状はたいてい感染後二日以内に発生する。 症状としては、咳、咽頭痛、くしゃみ、鼻水、鼻閉、頭痛、発熱、嗄声などが現れる。患者の多くは回復まで大抵7-10日間を要し、一部の症状は3週間まで継続しうる。他に健康に問題がある患者は、肺炎に進行する可能性がある。(中略)
治療法は存在せず、罹患期間を短縮させる方法もないが、症状は緩和可能でありイブプロフェンなどのNSAIDsは助けとなるであろう。根拠によれば、抗生物質は使用すべきではなく、総合感冒薬の使用も支持されない。(wikipedeiaより)
漢方医学からみた風邪への視点
漢方研究をしてきた自分に取っては風邪は大きく分けて3つに分類できると考えています。
確かに医学部で現代医学を学びましたが、風邪の定義は曖昧です。一方の漢方医学では2000年前に分類が出来てしまっています。漢方医学の書籍は漢文なので古くさいイメージを持たれるかも知れませんが、病気への視点は素晴らしいものがあります。その様な視点からすれば、風邪の定義は「表裏バランスの崩れ」に他なりません。
風邪の説明を行う前に、身体の解剖の構成を確かめましょう。
驚くかも知れませんが身体を大雑把に分けることが大切です。大雑把と言っても精密性があります。身体は、マクロ構造やマクロ運動によって、その生を維持しています。
身体が時空間において安定性を維持していれば生存でき、また逆に身体が時空間において安定性を維持できなければ生存できず死を迎えることになります。
この様な観点から身体を見つめるときに大切な要素を3つにします。胸部・腹部・皮膚の3つです。これらに着目することが風邪への解明や治療に取っては不可欠です。
1.皮膚と腹部(小腸)のアンバランス
「皮膚と腹部のアンバランスが風邪の元になる」と教えてくれたのは漢方古典の傷寒論です。その中に書かれている「葛根湯」という処方に他なりません。傷寒論は2000年前の本ですが、「病気の発症から死までの道筋と、その治療」を説明しています。傷寒論は漢文の上、難解ですので、最初は何がなんだか分かりません。ただ分かってくると、この傷寒論という本の偉大性が良くわかります。
それでは葛根湯の組成を見てみましょう。
葛根5.0・麻黄・大棗各4.0・桂枝・芍薬・生姜各3.0・甘草2.0という7つの生薬で出来上がっています。
ここにどの様な意味があるのか?ということを「気血水理論」で次に考えてみましょう。傷寒論の場合には五行説での処方構成はなく殆どが2つに分ける「陰陽説」と3つに分ける「気血水理論」により成り立っています。この様な視点から葛根湯を解析してみます。
気の薬草:桂枝と大棗 血の薬草:葛根と芍薬 水の薬草:麻黄と生姜 そして太極(調和する薬草)は甘草です。この様に分類すれば、この処方の意味がおぼろげながら浮かびあがって来ます。加えて陰陽分類をしてみます。陰陽を表裏として分けます。表:桂枝・葛根・麻黄であり、裏:大棗・芍薬・生姜であり、太極は甘草です。
- 表裏の気剤
桂枝:表(皮膚や筋肉系)の気を司り、大棗は小腸当たりの気を司る薬草です。 - 表裏からみた葛根湯
表:桂枝と共に麻黄(水:汗を出す)と葛根(血:血熱を取る)が配置され、また、裏:大棗と共に生姜(水:腸の水分吸収)と芍薬(血:腸の熱熱を取る薬草が配置されています。これこそが葛根湯の型です。
表と裏、皮膚と腸のバランスが悪くなった時に使う薬の像が浮かび上がって来ます。それが風邪の基本形に他なりません。この様に漢方薬が病気の形を見せてくれます。この葛根湯の配置はカゴメの形をしており非常に安定性がある処方構成をしているのが分かると思います。
この様に分けてみると単純になってきます。
入れ子の順番に単純化していくのが無難な方法です。
人間の身体はフラクタル性と言って入れ子構造になっています。
この構造上の理解からは単純でも解析可能なのです。
葛根湯の場合には皮膚と腹部(腸)のアンバランスの是正が問題となっている。と、いうことは力のベクトルが皮膚と腸にあることを物語り、それが風邪の基本形態に他なりません。単純な図で示してみると上の図になります。
皮膚と腸が熱を帯びてバランスを崩している状態。それが葛根湯という風邪の一形態に他なりません。この場合にはウイルス性感染でも腸内細菌が異常を来す意味で抗生剤が有効な状況だと考えています。風邪がウイルス性感染だからという単純な理由で抗生剤を投与しない考え方が理解しがたいのがこの理由です。この様な考えによって私は抗生剤を使います。
2.皮膚と胸部(肺)のアンバランス
麻黄湯証の特徴は「皮膚と胸部(気管支)のアンバランス」に基づいた風邪もあることを物語ります。
麻黄湯の組成は4つの薬草から出来ています。麻黄・杏仁・桂枝・甘草の4つの薬草です。次に陰陽理論と気血水理論により薬草を分類します。気血水理論によれば、麻黄:水、杏仁:水、桂枝:気、甘草:太極になります。次に陰陽を使って表裏で分類します。表に属する薬草:麻黄・桂枝、裏に属する薬草:杏仁、太極が甘草です。
麻黄湯の場合には皮膚と胸部(気管支)のアンバランスの是正が問題となっています。と、いうことは力のベクトルが皮膚と胸部にあることを物語り、それが風邪の2番目の基本形態に他なりません。単純な図で示してみると上の図になります。
皮膚と胸部が熱を帯びてバランスを崩している状態。それが麻黄湯という風邪の一形態に他なりません。杏仁は気管支からの痰という水を身体の中に吸収し、麻黄で皮膚から発汗という形で痰を外に出してしまうことを意図していると推測できます。
ここで何故、麻黄湯には胸部の気剤がないか?ということですが、胸部は表に属します。このことから処方中の桂枝は皮膚と胸部の両方の気剤として使われていると考えられます。
現在ではインフルエンザに麻黄湯を使うことが良くあるようですが、インフルエンザウイルスの増殖が咽頭粘膜や気管で増殖することが指摘されていることから、この麻黄湯がインフルエンザにある程度は有効であることが理解できると思います。 ちなみに私はインフルエンザには麻黄湯は使いません。抗ウイルス薬が出来ている以上、インフルエンザと診断すると抗ウイルス薬を投与しています。
ちなみに私の親戚の子供が風邪を引き、「どんな薬を飲んでも解熱しない。明日に解熱しなければ入院と言われている」と相談されたことがあります。病院での治療を終えている訳ですから抗生剤や解熱剤は使っている筈です。抗生剤が効かないということは葛根湯証ではなく、高熱の状況から考えて麻黄湯証に近いのではないか?と考え、麻黄湯を購入して服用するように指示しました。次の日から解熱が始まり平熱に戻り、入院という最悪のシナリオを避けることが出来ました。
3.胸部と腹部のアンバランス
風邪の基本的概念は表裏バランスが崩れることを意味しています。胸部は腹部に対しては表であり、逆に腹部は胸部に対しては裏になります。このことから胸部と腹部のアンバランスでも風邪の1形態になります。
それでは香蘇散の組成を見ていきましょう。香附子・乾生姜・陳皮・蘇葉・甘草という5つの薬草から構成されています。
次に気血水理論で分類します。香附子:気・乾生姜:水・陳皮:血と水・蘇葉:気・甘草:太極です。この処方の中で胸部に直接作用するような薬草はありません。まず陳皮と乾生姜で胃腸を温めています。香附子で鳩尾の痞えを取り去り、蘇葉で胸腹部の気の流れを維持しようとしています。
この様な処方解析からすれば「体力が低下し胃腸虚弱の人が風邪を引くと胸腹部バランスを崩して風邪を引く」という姿が見えてきます。実際には鳩尾の痞えがある人が多く、また漢方治療をリセットできるメリットもあり、この香蘇散は重要な漢方処方の一つだと考えています。逆に考えれば、この様に漢方薬の解析により病気の本当の姿を教えてくれます。
香蘇散の場合には胸部と腹部のアンバランスの是正が問題となっています。と、いうことは力のベクトルが胸部と腹部にあることを物語り、それが風邪の3番目の基本形態です。単純な図で示してみると上の図になります。腹部が虚弱して胸部に熱を持ち、胸腹部の気の流れが停滞している状態。それが香蘇散という風邪の一形態に他なりません。この治療では胃腸を温めて、胸腹部の接点である鳩尾の気の流れを再開させることで風邪を治そうとしている姿が見えてきます。
自分が漢方医学に接して素晴らしいと感じる処方のひとつが香蘇散です。上記の様に風邪の治療から出来上がった処方かも知れませんが、その適応範囲が広く穏やかな漢方薬のため、自分の漢方治療には香蘇散が欠かせません。
まとめ
風邪の基本的な形態を3つに分けて説明しましたが、上記の病態は太陽病と言われる風邪の初期の状態です。一般的には太陽病から少陽病に入り新しい症状を出すことから、「風邪が悪くなった」と受診される患者さんも多いのが実情です。風邪の怖い部分は風邪の熱が時間と共に身体の中に入ることです。少陽病は半表半裏と言われますが、胸腹部が合わさる場所の季肋部にある臓器:肝臓・膵臓・脾臓などに熱が貯まり始めます。
このことからすれば、風邪は侮れない病気です。漢方の世界では「傷寒論に始まり傷寒論に終わる」と言われており風邪が治せる医師こそが名医とされています。万が一、皮膚と腹部の間の骨髄に熱が入ると大変な病気に発展します。白血病などもこの様な一般的な風邪から始まると推測されます。風邪の熱が身体の内部に入っていくことの意味合いは「風邪は万病の元」との先人の言葉が指摘している通りだと考えてなりません。